菫の種
隣家から種が飛んで根づいた菫には、なかなか実がつかなかった。
一度調べてたら、日照不足だかららしい。
花もろくに咲かず種が熟すこともない。
日陰の庭だから当然だ。
今朝落ち込みながらブログを書いてタバコを吸いに行った時、菫の一株に初めて種が飛んだ後があるのに気づいた。
日陰でも花は咲く。
種もつく。
それは、株が十分大きくなって初めてできることだったのだ。
私は昔から「かわいげがない」とか、「生意気で憎たらしい」とよく言われてきた。
「障害がある」とか、「苦しんでいる」とか、いくら言っても私に同情を示す人など滅多にいない。
そりゃ、確かにそうだ。
私は同情に値しない。
共感されなくて当然だ。
時として、人の言葉は無力だ。
心底落ち込んで苦しんでいる人間に、どう言葉を掛けたらいいか、誰もが迷うもの。
下手な言い方をしたら、自殺の引き金になりかねない。
わかっている人ほど、何も言わない。
病状の悪い時ほど、言っていることを悪く取ってしまうし。
ただ、何よりも無視と否定はきつい。
なぜ、そんなにマイナスの言葉を投げるのかと言っても、「受け取るほうが悪い」としか普通は取らないし、話などしないほうが楽だ。
ここ何ヶ月も、ずっと否定的な言葉ばかり聞かされてきた気がする。
「ゆっくりになるでしょうが、一緒に考えていきましょう」と言って下さった方は、ほとんどいなかったのだ。
またどん底に戻って、


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